江戸時代の大豆を和名・萬米(まめ)と称したそうです。正徳3(1713)年に書かれた「和漢三才図会」によると、黒豆は「黒豆ハ薬ニは煎ルベシ。或ハ炒食シ、或ハ醤油ヲ和シテ煮ル。座禅豆と名ヅク」とあります。煮しめた黒大豆を「座禅豆」と称したとありますが、禅寺で使われる黒い座禅座布団に似ていたからでしょうか。
事実、禅僧も黒大豆の煮豆を食べていたそうです。古くから煮豆は酒の肴として食べられていて、1800年代には正月のお節に欠かせない料理となり、江戸中期には店頭で黒豆の煮豆が人形町で売り出されたのが元祖で、芝の玉木屋が座禅豆の煮豆で著名だったそうです。









