納豆は中国大陸から奈良時代に禅僧と共に伝来したのが原型で、今のようなねばねば納豆ではなく"塩辛納豆"です。
宮内省の大膳職でつくられていて「鼓」(くき)と呼ばれていました。室町時代初期に書かれた「庭訓往来」に、精進の菜として"納豆"の名前が初めて出てきます。当時は煮た大豆を室の中に敷いたむしろの上に広げ麹菌を増やし、それを塩水につけ込んで三、四ヶ月発酵させ、乾燥して作ったそうで、京都の大徳寺や天龍寺でも作られ寺納豆、唐納豆、味噌納豆等と呼ばれたそうです。
さて、関東で食べられる"糸引納豆"は日本独自の食品ですが、NHK大河ドラマ「天地人」の舞台となっている戦国時代、上杉謙信が戦陣食として煮豆をわらづとに入れて保存したところ、わらの納豆菌から発酵して糸引納豆になったとの言い伝えがありますが、どうでしょうか。
江戸中期には、納豆は庶民の食卓には欠かせない一品となっています。「鳥の啼かぬ日はあれど、納豆売の来ぬ日はなし」と書かれています。
黒豆屋の豆匠たちが黒豆の“美味しい話”をこっそり教えます。 黒豆の炊き方の基本から“まめ”知識などなど、雑学のタネがいっぱい。




古代ギリシアでは、民主的に物事を決めるいろいろな方法があり、簡単に賛否を決めるような場合「豆」を使っていたそうです。「黒豆」と「白豆」を投票壺に入れて投票するのです。黒豆は反対だったのでしょうか。
江戸時代の大豆を和名・萬米(まめ)と称したそうです。




